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小原 雅博
東京大学大学院法学政治学研究科教授。1955年、徳島県生まれ。博士(国際関係学)。東京大学卒、UCバークレーにて修士号取得。1980年に外務省に入り、アジア大洋州局審議官、在シドニー総領事、在上海総領事などを歴任した後、2015年より現職。復旦大学(上海)客員教授も務める。著書に、『東アジア共同体』、『国益と外交』(ともに日本経済新聞出版社)、『境界国家論』(時事通信社)、『チャイナ・ジレンマ』、『外交官の父が伝える素顔のアメリカ人の生活と英語』(ともにディスカバー・トゥエンティワン)『日本走向何方』(中信出版社)など。東大では、現代日本外交を担当。外交官としての実務経験...続きを読む と大学での理論研究に基づく国際政治学を探求。Critical thinkingによる授業を重視。「白熱ゼミ」をオトバンクで放送中。
日本の国益 (講談社現代新書)
by 小原雅博
世界には約二〇〇の国家が存在する(国連加盟国は一九三ヵ国)。そして、これらの国すべてに国益がある。それらの国益は互いに一致したり、対立したり、その関係は複雑である。たとえば、「朝鮮半島の非核化」は周辺諸国を始めとする国際社会にとって共通の利益である。だからこそ、この言葉は、六者会合の共同声明や国連安保理決議の中に盛り込まれた。また、気候変動に関するパリ協定は中国やアメリカも加わって採択された(トランプ政権下で脱退)。この協定には一九六ヵ国が参加しており、国際社会のほぼすべての国家の利益が共有されたと言える。他方、東シナ海や南シナ海では、海洋権益や領有権をめぐって激しい対立があり、国益が衝突している。
国益をめぐる対立や紛争をどう解決するか。二つの世界大戦は大きな転機となった。平和のための知的探求と論議が重ねられ、政治にも反映された。そこでは、理性(法や道義) を重視するリベラリズム(理想主義) と権力(パワー) を重視するリアリズム(現実主義) が対峙してきた。
リベラリズムは、国際法や国際世論による平和の実現を目指し、リアリズムは国益とパワーを国際関係の重要な決定要因と位置づけ、勢力均衡による国際秩序の安定を説いた。
リアリズムの立場から国際政治を理論化・体系化したのがハンス・モーゲンソー(一九〇四─八〇) である。モーゲンソーは、主著『国際政治』(初版は一九四八年) において、国際政治を国家が「力(パワー) として定義される利益」を追求する「権力政治」(power politics) であると論じた。モーゲンソーは、この概念によって、国際政治を経済(「富として定義される利益」によって理解される分野) などとは別の独立した領域として設定しようとした。しかし、国家が追求する「力(パワー) として定義される利益」とは何であろうか。力と利益の関係についてモーゲンソーは明確な定義を加えていない。この点、筆者の考えは後に触れるが、ここでは国益がパワーと不即不離の関係にあることを指摘しておくにとどめよう。
台頭する大国のパワーに直面する周辺国家のケースである。国家の安全という死活的国益を確保するだけのパワーがないため、大国の地域覇権を受け入れる(バンドワゴン) か、あるいは、別の大国との同盟や地域的な集団的自衛権(たとえば、NATO) に依存するかの選択を迫られる。アメリカの核の傘の下にある日本や韓国、NATOの加盟国であるバルト三国はその例である。日本は経済大国ではあるが、それに見合う軍事力、特に核兵器やICBM(大陸間弾道ミサイル) による抑止力を有していない。
トゥキディデスの『戦史』が描いた通り(第二章参照)、小国は大国のパワーに対して正義で抵抗してきた。しかし、力の前では正義も空しく響く。日清戦争後の三国干渉に対して、当時の外相陸奥宗光は、「兵力の後援なき外交はいかなる正理に根拠するも、その終局に至りて失敗をまぬかれざることあり」(『蹇蹇録』) と語っている。
しかし、「国際法の原則」や「正義」を謳った国際連盟は大国の参加を欠き(アメリカ不参加、日独伊脱退、ソ連は遅れて参加するも脱退し、三九年には理事会は英仏のみとなった)、国際法や正義を無視した権力政治の暴走を止めることができず、第二次大戦勃発までの二〇年足らずで幕を閉じた。道義の権力(パワー) への敗北であった。
たとえば、沖縄の米軍基地問題がある。国家の安全保障にとって米軍基地は必要だが、沖縄県民にとっては事故や事件や騒音が絶えない基地は撤去して欲しいということになる。この問題の本質は、利益と負担の公平性が欠如していることにある。厳しい言い方をすれば、国民は「国家の安全」という利益を享受するために、「思いやり予算」(基地関連予算) や沖縄振興のための税金は負担しても、基地の存在に伴う様々なリスクや不利益は沖縄の人々に押し付けてきたのである。他方、沖縄の持つ地政学的・戦略的条件は沖縄にしか存在しないことも事実である。米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設には国家の安全という国益と地方の安寧という「地方益」の折り合いをどうつけるかという民主主義国家ならではの国益論が横たわっている。
しかし、この両立は簡単ではない。たとえば、「核兵器のない世界」は世界益であるが、一ヵ国でも核兵器を持つことに固執すれば、その国Aと対立する国Bも核兵器を持ち、さらにBと対立する国Cも持つというふうに連鎖する。核兵器保有国である中国と国境紛争を抱えるインドが一九九八年に核実験を行うと、カシミール問題でインドと対立するパキスタンも核実験を行った。
二〇一七年、核兵器を非合法化する初の国際法「核兵器禁止条約」が採択されたが、核兵器拡散防止条約(NPT) で認められた核兵器保有国の地位を有する米ロ中英仏は採択会議に参加しなかった。これら大国間の国益の対立が続く限り、安全保障の根幹をなす核抑止力が放棄される可能性はほとんどない。さらに、北朝鮮のように新たに核兵器を保有する国家も現れている。核廃絶という「世界益」は各国の国益に適うが、テロリストも含め国際社会の構成員すべてが核廃絶にコミットすると信じるのは楽観的過ぎ、安全保障政策として現実的ではない。主権という絶対的権力を持つ国家の内において銃規制という「刀狩」を行うことはできても、主権を超える政治権力の存在しない国際社会において核廃絶を実現することは本質的に難しい。だからと言って、核抑止という「恐怖の均衡」の下で思考停止すべきでない。「政治家の倫理は、国際関係を弱肉強食のジャングル状態から文明的社会へと移行させていくということを至上命題とすべきものである」とのスタンリー・ホフマンの指摘(『国境を超える義務』) に賛成である。
そんな過酷な経験がリアリズムの原型と言われる『君主論』(一五一三年) を生んだ。マキャベリの主張は明確である。イタリア統一を実現し独立を守るためには、君主たるものは宗教や道徳ではなく、力を信奉すべきだ。力のみが国家存続の唯一の条件である。 そう説いたマキャベリの思想には、利己主義的な人間社会においては、倫理的な行為が倫理的な状況を生み出すわけではなく、「ある(to be)」と「あるべき(ought to be)」を厳格に区別し、世界をあるがままに捉える必要があるとの悲観的現実主義が横たわっている。
マキャベリは言う。「邪悪な存在である人間の世界」では、善良であることにこだわるならば、地位や国家を維持することはできない。「必要とあらば、断固として悪の中へも入って行く術を知らねばならぬ」。 それは、国家の利益のためにはキリスト教の正義と倫理の原則など無視してよく、「目的のためには手段を選ぶな」とする思想であった。
「政治」とは、最も高い次元において、国家の生死に関わる利害問題を扱う術である。諸国家よりなる「社会」においては、それぞれの国家は、自分に固有の利害のほかに、他のすべての国家と共通の、あるいはいくつかの国家集団と共通の利害をもあわせもつものである(『メッテルニヒの回想録』より抜粋)。
この戦略によって、英国は「パクス・ブリタニカ(英国による平和)」と呼ばれる世界的覇権を維持することに成功した。一九世紀後半には、強大な海軍力の下で、世界最大の貿易国として、世界中の海運業を独占し、欧州以外への輸出が欧州への輸出を上回る唯一の国家として、国際貿易の枠組みを支えた。当時の英国は世界最大の資本輸出国でもあり、世界の商取引の大半がポンドで決済され、ロンドンは世界の経済・金融の中心となって栄えた。
その前月、ヒトラーは、スターリンに対し、「両国の間には真の利害の対立は存在しない」と説いて、ソ連と不可侵条約を結んだ。ファシスト国家と社会主義国家の提携は世界を驚かせた。国家がイデオロギーではなく、国益で動くことを如実に物語る歴史的大事件であった。
西側諸国は対中経済制裁に踏み切ったが、日本は「中国を孤立させるべきではない」との立場から、率先して制裁解除に動いた。しかし、九二年、天皇皇后両陛下訪中が予定されていた年に、中国は「領海法」を制定し、尖閣諸島を自国の領土と記載した。日本政府は中国に抗議をしたが、対中ODAや天皇訪中は進められた。そこには日本なりの戦略もあったであろう。しかし、結果的には、日本の長期的国益につなげることはできなかった。一方、その二つを巧みに利用して国際的孤立を脱した中国は、共産党統治の正統性維持のため反日感情醸成につながる愛国教育の強化に動いた。そして、今、「強国・強軍」という夢に邁進する。経済発展により中間層が拡大し、民主化の担い手となるとの議論は広く共有されてきたが、それは中国については楽観的でナイーブな議論であったと言わざるを得ない。
これまでの議論で明らかな通り、「国家・国民の生存と安全」は、普遍的な「死活的国益」であり、それは日本の国益についても妥当する。しかし、平和は必要条件であっても十分条件ではない。平和が確保されることを前提に、国民は物質的豊かさや精神的快適さを求める。繁栄は平和に次ぐ重要な国益となる。従って、「国家・国民の安全と繁栄」は、いつの時代にあっても変わらぬ日本の国益である。「国家安全保障戦略」(二〇一三年) では、これに加えて、「自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値やルールに基づく国際秩序を維持・擁護すること」も日本の国益として規定した。道義を国益として位置付けることには、リアリズムの見地からの慎重論もあろうが、本章では、これら(安全、繁栄、リベラル秩序) が日本の国益であるとの前提に立って、これら三つの国益を揺るがす問題として北朝鮮の核・ミサイル開発、及び東シナ海や南シナ海における中国の力による現状変更の動きを取り上げる。
「悪人の論理」からすれば、一つの譲歩は更なる譲歩を余儀なくさせ、交渉は時間稼ぎに使われ、合意は危機の先送りとなる。第二次大戦前、戦争を恐れたチェンバレン英首相はミュンヘン会談でヒトラーの要求を飲んだ。ヒトラーの野心を満たすことで一時的な平和を持ち帰ったチェンバレンを国民は歓呼して出迎えた。しかし、先送りされた危機は未曾有の大戦争となって英国を飲み込むことになる。一九三八年のミュンヘン会談は英国にとって不名誉な歴史的大失策と批判される「宥和主義(appeasement)」の代名詞となった。
今後も、尖閣諸島領海への中国艦船の侵入は続くだろう。同メカニズムは、日本の防衛省と中国の国防部との間の連絡メカニズムであり、軍以外の公船には影響が及ばないこと、及び尖閣諸島の扱いをめぐる対立により地理的適用範囲を定めていないことから、実際の危機管理にどの程度役立つか、疑問は拭えない。こうしたメカニズムを実効性あるものとするためにも、その上部構造たる国家関係を最低限のルールの下に置く必要がある。それは、両国が国家の安全という死活的国益を互いに尊重し合うことである。そして、対立する国益ばかりにとらわれずに、共有できる国益を増進するための協力を模索する外交に努めることである。
日本は両大国の間に位置し、アジアと太平洋の間に打ち込まれた楔のような「境界国家」である。歴史の長きにわたって、アジアの中心にそびえ立った中国文明の影響を受けてきたが、二〇世紀には太平洋を支配したアメリカのパワーと価値に呑み込まれた。甚大な犠牲を払って敗戦した日本は、日米同盟と民主主義の下で、半世紀以上にわたって国家の安全と繁栄という国益を実現し維持してきた。しかし、二一世紀の今日、「強国・強軍の夢」を掲げる中国が日本を圧倒し、アジアのパワー・バランスを突き崩し、地域秩序を塗り替えようとしている。
国際情勢や国内政治の変化の中で、日米同盟は危機を乗り越え、今日まで続いてきた。しかし、現在直面する荒波の衝撃はかつてなく大きい。「日米同盟さえあれば、日本は安泰であり、国益は守れる」という神話が崩れ去ることはないか。そんな疑問と不確実性が漂い始めたとしても不思議ではない程の中国の台頭とアメリカの変質が現実に起きている。この現実から目を背けず、国益を論じ、日本外交を展望することが今求められている。
「一帯一路」は、中国というハブと周辺諸国をスポークで結ぶ交易ネットワークであり、そこにも現代版「華夷秩序」の顔が見え隠れする。それがアメリカのハブとスポークの同盟網と非対称な形で競合し、その狭間でアジア諸国が揺れている。海と陸のシルクロードを中心に、ユーラシアから世界の隅々にまで経済的影響力を拡大する「一帯一路」の実態が明らかになるにつれて、途上国や欧米諸国には疑念や警戒感が広がっている。中国はアメリカ主導のリベラル秩序に代わる新たな国際秩序の構築を目指しているのではないか。そうだとすれば、それはどんな秩序なのか。現代版「華夷秩序」なのであれば、「法の支配」に基づく秩序は中国共産党の下での「法による支配」に変質しかねない。南シナ海の現状はその懸念が杞憂でないことを物語る。
アメリカでは、中国の台頭を否定的に捉える向きが大勢となっており、警戒感が高まっている。トランプ政権は、中国を「アメリカの国益や価値観と対極にある世界を形成しようとする修正主義勢力」と公式に位置付けた。米中両大国が国益のみならず、価値観をめぐって闘争する「新冷戦」と形容される所以である。